アブマニアである僕が、どうしてアブ好きになったかが分かります。

あまり折り入って紹介するほどの者でもないけれど、僕がアブマニアです。自分からアブマニアなどと名乗っていますが、実はそれほどマニアという訳でもなく、深遠な知識を持っている訳でもありません。正直かなり名前負けしているのですが、アンバサダーを始めアブのタックル全般が好きだということでは、皆さんと共通の思いを持っていると思います。

僕が初めてアブを知ったのは雑誌の広告、昔興隆を誇っていた「フィッシング」という雑誌の中ででした。その頃僕はまだ中学生だったのですが、なんて値段の高いリールなんだろうというのが最初の感想でした。ちなみにその頃のアンバサダーの定価(現在で言うところの輸入元希望小売価格です。)は33,000円もしていました。

33,000円と言えば、現在ではリールの値段として別に珍しくもないでしょうが、当時としては本当に目玉が飛び出るほど高かった。例えば日本製のスピニングリールが1,000〜5,000円で買えた時代です。まだ子供の僕にしてみれば、今だったら100,000円くらいの感じですかね。

そもそも僕が初めてルアー釣りを知ったのは小学4年生の時、「川釣り入門」という釣りの入門書を通じてだったのですが、その頃にはもちろん近所の釣具店にルアー釣りの道具などは一切置いてありませんでした。ですから田舎の少年であった僕は痛く興味をそそられはしたものの、実物を目にする機会など毛頭ありませんでした。

ちなみにルアー釣りが一般に広がり始めるのはそれから数年後、僕が中学に上がってからのことです。小学6年生の時に近所で最も大きな町に出かけた僕は、たまたまその町の釣具屋でルアーの実物を見つけてしまいます。それにルアー用のリールさえも!そこで衝動的に買ったルアー2個とルアー用のリールが僕のルアー釣りとの接点の始まりでした。

ルアーはフランス製のスピナー・ルブレックスのセルタというもので、赤と緑のゼブラ模様が入ったきれいなものでした。当時片田舎の洟垂れ小僧に過ぎなかった僕には、フランスから来たというその美しいルアーがとてつもなく貴重なものに思え、正に宝物として大切に大切に扱っていました。

同時に買い求めたルアー用のリールはスピンキャストで、当時はまだクローズドフェイスリールという名前の方が通っていたと思います。実はその名前さえ何処で区切って良いのか僕には分からず、当初はクローズ・ドフェイスリールだと思っていたものですが・・・・。初めて買い求めたルアー専用のリールでしたので、その風変わりな造形にこれまた強く心引かれるものがありました。僕のリール好きはここから始まったものかもしれません。

メーカーは日本製で、当時はまだオリムピックという名前で出していたストリーマーというリールです。この頃にはまだオリムピックが全盛時代で、ダイワ精工がヤットコサで全国にその名を売り出そうとしていた頃でありました。

このストリーマー、後に弄繰り回しているうちに壊れてしまったのですが、他のリールの部品をくっつけて修理した状態で、未だに手元に残っています。どれほど当時の僕がこの道具を愛しく思っていたかが窺い知れるでしょう?

さてルアー用のリールとルアー2個を手にしてみたものの、実際には近所にルアーで釣れるとされる対象魚はいなかったし、ルアー用の竿も持っていませんでした。全体そんなものを売っている店自体がなかったのですから。僕がルアー用の竿を手にできるのはまだまだ先のことです。

釣れる魚が近所にいないものの、やはり買った以上は試してみたいもの。仕方がないから4.5メートルの磯竿にリールを取りつけ、セルタを括り付けて橋の上から引いてみました。もちろんキャストはできないから、8の字釣法の按配です。

するとシラハエ(関東で言うところのオイカワ)が沢山寄って来て、コツンコツンと突付いていくではありませんか。この時僕の有頂天になったことと言ったら!それはそれは驚きであり、僕はルアーが魚達を惹き付ける魔力のあるものだということを悟りました。でも肝心の魚は、口が小さいせいもあって釣れませんでしたけど。

ルアーでも魚が寄って来ることを知った僕は、それからひたすらルアー釣りに励むことになりました。しかし残念ながら魚はずっと釣れず、僕が初めてルアーで魚を釣ることができるのはその半年後のことです。初めて釣った魚は30cm弱のウグイで、この魚がルアーで釣れることもこの時初めて知りました。

僕は熱しやすい代わりに冷めやすく飽きっぽい性格ときているので、ルアーで初めて魚を釣ったことでこの熱狂も一段落してしまいました。そんな僕にもう一度かつての熱狂を取り戻させたのは、近所の釣具屋で見かけたルアー用の竿でした。

初めて見るルアー専用の竿。ナンと言ってもその竿にはかっこいいピストル型のグリップが付いており、それまでの道具には決して見られなかった輝きを持っていました。早速僕はその竿を買うためにお年玉貯金をおろしに郵便局へ走ります。当時の価格は6,000円、ダイワ精工の「サンキャスト・L6」という竿でした。

やっと手にできたルアー用ピストルグリップの竿。これこそがかつて僕をルアー釣りに引き付けたものだったのです。すでに手中にあったリールと組み合わせることで、僕は至極満足しました。それと共に、忘れかかっていたかつての情熱も急速に息を吹き返します。

ナンと言っても、やはり専用の道具は快適でした。磯竿の時みたいに垂らしを1メーター以上も取らなくて良いし、竿も良くしなるからキャストも楽です。こうして僕は毎日近くの川へルアー釣りに通い詰め、ウグイの他にナマズもルアーで釣れることを発見したのでした。

そうこうする内に、第1次ルアーフィッシングブームがやって来ます。これは時ならぬブラックバスの生息域拡大を受けたもので、特に大阪、兵庫などの近畿圏において顕著でした。理由としては、その頃唯一とも言って良かった東条湖から何時の間にかバスが流れ出し、東条川をつたって下流域の湖沼に急速に生息域を拡大したからです。そして対象魚を得たルアーフィッシングもまた、一大ブームを巻き起こすことになりました。

もちろんこれには業者による密放流なども微妙にからんでいたと思います。ともあれルアー釣りは急速に一般に広まると共に、ルアー用の道具も何処の釣具店に行っても手に入るようになりました。

僕が初めて釣具店でアブのリールを目にするのもこの頃のことです。もはや高校生になっていた僕は、痛切にこのリールを欲しいと思いました。しかし前述したように、まだまだ僕の手が届く値段ではなかったのです。この頃僕ら少年アングラーの手近にあったのが、ダイワ精工が出していたさまざまなタックルです。

クローズドフェイスリールを壊してしまった僕は、今度はかっこいいキャスティングリールが欲しいと思っていました。しかしこれはずっと値段の高い買い物でしたので、僕は先ずオリムピックの両軸リールを買うことにしたのです。コイツを例の磯竿に取りつけてエイヤッと投げようとすると、右手にすさまじい痛みを感じました。

そう、つまりクラッチ機構の備わっていない落とし込み専用リールでしたので、スプールが逆転した際にハンドルで嫌というほど拳を打ったのです。骨が砕けてしまったかと思えるほどの痛みで、僕はやはり出費を覚悟してもクラッチの付いたベイトキャスティングリールが必要なことを悟りました。

という訳で、僕の初めてのベイトリールはダイワ精工の「ミリオネア」です。茶色のボディに金色のラインが何本か入っていたと思います。ほどなく、やはりダイワ製の金色をしたスピンキャスト・「ゴールデンキャスト」も手に入れて、自分ではルアータックルの充実振りに目を細めていました。

しかし僕のこのダイワ崇拝が打ち破られるのにそれほど時間はかかりませんでした。先ず使っていた唯一のルアー竿、サンキャストのガイドが糸との摩擦でスッポリと切れ、ガイドの用を成さなくなってしまいました。それもトップガイドの他にバットガイドもです。セロテープを張りつけてみても無駄で、位置をずらした場所から次々に切れ目が入っていきました。

ほどなくして今度はゴールデンキャストのピックアップピンに切れ目が入りました。糸があまりにブツブツ切れるのでおかしいと調べてみたところ、この事実がわかったのです。切れ目をはずそうとペンチでピンを少し回してみましたが、回したところから次々に新たな切れ目が入る始末。とうとう切れ目だらけになって、最後にはピックアップ品自体がポロンと切れ落ちてしまいました。

そして最後には、ミリオネアの番でした。こちらは上記2者より長持ちはしましたが、買って3年もしない内にハンドルシャフトがグラグラし始め、典型的な三角巻きリールになってしまいました。

僕は安物買いが結局は高く付くことをこの時から悟るようになり、以後決してダイワのリールは買わずに今日に至っています。いよいよ生まれて初めてのアブのリール、「アンバサダー6000」を購入することにしたのは、このような経過があったからでした。

もちろん購入するにしても、このリールの価格は手軽に手が届くとは言えないものでした。すでに高校生になっていた僕は、週末に土方のアルバイトを続けてやっとの思いで手に入れたものです。初めてのサイズが6000番だったのは、この頃僕が雷魚の釣りにはまっていたからに他なりません。

ちなみにこの6000番は未だに現役で、23年を経た今でも立派にその勤めを果たし続けてくれています。今ではあまり持ち出すこともなくなった思い出のリールですが、時たま雷魚釣りにご同行願うことがあります。

そのすぐ後、アブの高品質に惚れ込んでしまった僕は、薄い財布の底を叩いてアブのスピンキャスト中最も安いモデル、アブマチック220を入手します。このリールもドラグ機構こそプリセットシンクロドラグしかない簡略版でしたが、ナマズ釣りに大活躍をしたものです。しかし当時これを気に入った友人に持って行かれたまま、20年を経た今日になっても戻ってきません。

その後の僕はダイワ精工に懲りたためもあって、アブをはじめとした外国製品しか信用しないようになりました。現在では日本製も進んで使うようになりましたが、それでも価格的にランクの低いものは未だに信用できず今日に至っています。

日本製のタックルでわずかなりとも信頼を回復してくれたのはシマノのリールがあったからです。当時先ずBM-1という名で売りに出したシマノの自信作は、ナンと定価が22,000円もしました。この値段は優にミリオネアの倍はしており、当時の日本製としては憧れの的だったのです。

その後すぐにバンタムというブランド名でより小型のリールが売りに出され、こちらは価格が安かったこともあり大ヒット商品になりました。シマノの快進撃は正にここから始まったと言っても良いでしょうね。

ちなみに後に僕は、憧れのリールだったBM-1の輸出仕様、ルー・チルドレ向けのスピードスプールというリールを購入したことがあります。買ったその日に釣りに持っていきキャストしていると、パワーハンドルのノブの片方がコロンと取れてしまい、僕はやはり日本製は駄目か、と少しガッカリしたことを今でも鮮やかに思い出します。