ここではフランスの代表的なメーカー、ミッチェル社の歴史について語ります。

ミッチェルの名前は、1970年代にルアーフィッシングをしていた方なら必ずを聞いたことがあるはずです。特に日本においてはその優美な形もあいまって、トラウトフィッシャーマンの間で愛用されました。ここではその名品を生んだミッチェル社の歴史について簡単に語りたいと思います。

ミッチェル社の始まりは1937年の CAP リール誕生に始まるとされています。このリールはミッチェル社の創設者、Constantin Carpano と Charles Pons の二人が経営していたウオッチパーツメーカー、 Carpano & Pons がリールの改良を依頼されたことから誕生しました。

このリールは時計メーカーとしての二人の経験を生かしたものでしたが、エンジニアの Maurice Jacquemin が更にこのリールのコンセプトの改良に加わったことで、更なる進化を遂げました。

しかし折悪しく第一次世界大戦が間近に迫っていたため、終戦後までリールの製造は軌道には乗りませんでした。ミッチェル社が正式な名称に使われるようになるのは、1948年のことです。この年ミッチェルは特許を取得し、本格的にリール製造に乗り出します。Mitchell の名前は、この年に死亡した Charles Pons の兄弟のファーストネームから名づけられました。

いったんリールの製造を本格化するや、その独自の機構からすぐに名声を獲得して、ミッチェルは続々と新モデルを投入していきます。当初のリールは全てハーフベールを装備していましたが、これはイギリスの Hardy 社がフルベールの特許を1954年まで独占していたからです。

1954年からはフルベールモデルが導入されたこともあり、ミッチェルは世界中の市場で人気を博し、世界一のスピニングリールメーカーへと成長していきます。

成長を続けているミッチェル社に突然の変調が起こったのは1979年のことです。この年アメリカ市場の総代理店をしていたガルシア社が倒産し、結果アメリカでの販売網を失うことを恐れたスエーデンのアブに買収されてしまいます。販路を失ったミッチェルは次なる代理店として中で有名なブローニング(Browning)社と代理店契約を結びます。

しかし不幸なことにこの関係はあまり長続きしませんでした。1984年には両社の関係は破綻し、ミッチェルは Mitchel Sports USA という自ら設立した代理業者を通してアメリカ市場での販売を継続させることになります。

ちなみにこのブローニング時代は短いものでしたので、販売されたリールの数も比較的少ないものでした。そのため、後にはこの期間に販売されたモデルは特に稀少品として珍重される結果になりました。

ちょうど1970年代後半から80年代に掛けて、アメリカをはじめとした世界市場では、シェア至上主義の日本メーカーの販売攻勢にさらされていました。そしてそんな中で徐々にミッチェルの繁栄は影を薄めていきます。

1990年までフランスの会社として製造販売を続けていたミッチェルも、この年にはついにアメリカの船外機製造会社、ジョンソンに買収されるに及び、実質的なその歴史を閉じました。

ちなみにスエーデンのアブがバークレーの一部門である Outdoor Technology Group (OTG) に買収されるのは1995年のことです。1980年代を世界市場でのシェア争いの時代だと捕らえるとしたら、90年代はリストラクチャリングの時代だったと言えるでしょうか?





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